Zine
松澤喜好さん
小さな丼に、思いを込めて。 ここにしかない味を楽しんでもらいたいんです。
まつかわのご当地グルメといえば、なんといっても「ごぼとん丼」。やわらかく煮込んだ松川産の豚肉と伊那谷のゴボウをベースに、卵や人参などが彩りよく盛られた、地元でも人気の一品です。じつは、このごぼとん丼の元になったメニューこそ、美富久の「肉丼」なのだとか。約60年の歴史を持つこの店の二代目店主・松澤喜好さんに、話を聞きました。(2020年3月)
インタビュー動画(3分27秒)
創業60年。「農家の昼食」が食堂の原点
──まずはお店の歴史から教えてください。
松澤喜好さん(以下、松澤) 創業はたしか昭和35年。もうすぐ60周年になります。もとはうちの仙台、私の義理の母が焼肉店からはじめて、増改築を繰り返しながら今の食堂割烹のかたちになった格好です。席数は一階が20人ぐらい。二階には宴会場があって、70人くらい入れますよ。
――当時は、結婚式などもここで行われていたとか。
松澤 そうですね、眺めも良くて、気持ちのいい場所ですからね。窓からは天竜川や生田の山も見える。晴れていれば南アルプスや仙丈ヶ岳まで見えますよ。今も、宴会やお祝いごと、法事などもさせていただいています。
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食堂割烹「美富久」外観。段丘沿いの高台に立ち、眺めも抜群の立地
──こちらのメニューが、まつかわ名物「ごぼとん丼」のベースになったんですよね。
松澤 はい、うちの「肉丼」というメニューがベースになっています。これは創業当時からある食堂の定番メニューでね。ここは農家の人が多い土地柄だから、忙しいなかでもサッと来て、パッと丼を食べて午後の仕事に向かうと……そういう利用のされ方で定番メニューになっていったようです。だから町のおじいさん世代にも、うちの肉丼は愛されていますね。
「ごぼとん」に正解なし。ぜひ、各店で食べ比べを
──ではどのようにして、「ごぼとん丼」が開発されたのでしょう。
松澤 今から15年前に「食で町おこしをしよう」という話になってね、「松川町の味研究会」が設立されたんです。地域で安定供給できる素材で、年間を通して味わっていただける丼はなにかということで、「ごぼとん丼」になったわけです。そこから商工会のみなさんに集まってもらって試食会をしたり、値段に関しても意見をいただいたりしながら、今の形になっていきました。
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手前が「ごぼとん丼(900円)」、奥が「肉丼(700円)」。いずれお味噌汁や副菜がしっかりついて手頃な価格がうれしい
松澤 ただし、豚肉とごぼうの丼、ということを基本にして、あとの細かなレシピはそれぞれのお店が工夫してやっています。中華の大西楼さんなら中華風、とかね。だからうちはメニューの元にはなっているけれど、うちの味が正しいとかじゃなくて。それぞれの店で食べ比べなんかしてもらえたら、うれしいですね。
旅の目的、丼とくだもの狩りの逆転を狙っています(笑)
──今では、このごぼとん丼をふるさとの思い出の味として、地域の子どもたちに向けた活動もされているとか。
松澤 毎年、各店が持ち回りで、地域の中学校の卒業生にごぼとん丼をふるまうというのをもう、10年続けているんですよ。そうしたらあるとき、卒業生が友達を連れて、丼を食べに来てくれてね。あれはうれしかったなあ。なかなか大変だけど、子どもたちから「来年は僕たちですね」なんて言われちゃうと、やっぱりやめられなくて。町でも応援してくれているので、励みになっています。
──旅するみなさんに、伊那谷の味をどんな風に楽しんでもらいたいですか?
松澤 じつは、この天竜川沿いには駒ヶ根のソースカツ丼や諏訪のみそ天丼など、いろんな丼があるんです。それを「信州・天竜川どんぶり街道の会」ということで、町内にとどまらず広く盛り上げていこうと思っています。
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まつざわ・きよし
⾷堂割烹「美富久」⼆代⽬店主。同店はまつかわ名物「ごぼとん丼」の元となった「⾁丼」発祥の店。⾃⾝は駒ヶ根市出⾝、24 歳の時に婿として美富久の厨房に⼊った。「まつかわは伊那⾕のなかでもとくに、⼈があたたかい地域じゃないかな。とても暮らしやすい町ですよ」